暮らしの中で感じたもの、感じること、音楽のことなど色々と記録していきたいと思います。


by osamu
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カテゴリ:社会( 4 )

‎義理の兄(山下邦明氏)と一緒に翻訳した「東洋の呼び声」(はる書房)という本があります。その本は、スリランカのガンジーと呼ばれるA.Tアリヤラトネ博士が世界各国で講演された内容を、日本で初めて翻訳したものです。
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出版された1990年には、NHKが博士の1時間半の特集番組を放映したり、同時にAERAやその他多くの雑誌で取り上げられられたりしました。この本は現在も、大学等の教科書で使われたりするなどされており、ロングセラーになっているようです。

ところで、

来月、その博士が日本に来られ、基調講演をされます。ひとつは、僕が大好きな増上寺での基調講演。二つ目は義理の兄がコーディネーターしているシンポジウムの九州大学での基調講演です。

1.「震災と宗教を考えるシンポジウム2011」
   10月10日(月)
   増上寺
   http://www.nichiren.or.jp/information/other/20110912-559/

2.「ソーシャルビジネス研究センター開設記念シンポジウム」
   10月14日(金)
   九州大学
   http://gcl.kyushu-u.ac.jp/2011_10_14SBRCSymposium.html

この本の翻訳、出版に至るまでに義理の兄を通じて色んな方々にお会いできました。先日の紀伊半島の大雨で被害を被った御浜町の古川町長(当時はる書房の社長)、この本の出版の助成を頂いたトヨタ財団の方々、その他数え切れない人たち。それから、なんと言っても、この本の主役のアリヤラトネ博士との21年前の面会は今でも忘れられません。

10月10日、久々に博士のお話を拝聴しに、増上寺に行こうと思います。
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by backtomysoul | 2011-09-28 02:29 | 社会

サラリーマン川柳

昨日テレビで、「サラリーマン川柳」のニュースを流していたが、本当に面白い。

http://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/best100.html

僕もサラリーマンやっていたから、この川柳を詠みながら、みんな同じような感覚というか、経験をしているんだなと思うと、妙にほっとする(笑)。

100首のサラリーマン川柳が発表されたけれど、社会風刺が満載で、その観察心は鋭いなとついつい感心してしまった。

発表された川柳を分類すると、

  ①会社・雇用に関連すること

  ②健康に関連すること

  ③夫婦に関連すること

  ④子供に関連すること

  ⑤インターネットに関連すること

現実味を感じ、僕が結構気に入った川柳は次のとおり(笑)。

 「クレームも 社員じゃわからん パート出せ」

 「指舐めて ページをめくる アイパッド」

 「いつかやる きっとやるぞと もう定年」

 「おこらすな ママのいかりは パパにくる」

 「ときめきは 四十路(よそじ)過ぎると 不整脈」

 「天職を 求めて転職 今無職」

 「相撲にも この技無いよね 丸投げは」

 「うちの父 ジョギングしながら 医者に行く」

 「ドラフトで 選んでみたい 我が上司」

 「怒るなよ 「怒ってない」と 怒る妻」

 「ツイッター 本音書くには 文字不足」

風刺なるものは基本的には、抑圧されている側からのbluesの声だけれども、サラリーマン川柳なるものが人気を博すのも、我々の現在の暮らしに抑圧感が充満しているせいなのかもしれない。

面白そうだから、来年はぜひ川柳を何首か応募しようと思う(笑)。

恥かしい話だが、時折よく経験するのが、老眼鏡をかけながら老眼鏡を捜すことがある(笑)。そんな経験を川柳にしてみた。

「老眼鏡 かけてて探す 老眼鏡」
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by backtomysoul | 2011-02-18 09:21 | 社会

世の中色々だねぇ~。

疲れもだいぶ取れて、段々と元気になってきた。睡眠が一番の特効薬だなと、つくづく思う。

ところで、テレビや新聞などから流れてくるニュースは憂鬱にさせるものばかりで、さすがの僕も国を憂いでしまう。

特に政治の迷走には、ついつい腕を組んで考え込んでしまう。

今日も法人税の引き下げの話題が出ていたが、本当にこれで活性化するのだろうか。企業というのは、こんな不況の時代だから、減税で得た収益は内部留保するに決まってる。企業は、市場の動向や景気などを細かく観察して、暫くは様子を見るので、内部留保したおカネはそんなにすぐ市場には出てこないのである。

この減税が、そもそも雇用を刺激するという方程式は、それほど安直ではないと思う。

1兆5000億円の財源をどうするかが議論されているけれど、これも必ず僕らの生活に影響してくる。それは、会社で言うと、「事業計画の机上の数字合わせ」だからだ。

本質的には、誰かが得して、誰かが損するという図式が、益々明らかになるだけである。

子供手当てだってそうだ。子供手当ての恩恵を僕は享受してないけれど、そういう個人的な状況を差し引いても、ひどい話だと思っている。子供手当ての「定義」、つまり、子供手当てが何に使われるべきなのか定義されずにお金をばら撒いているだけである。

莫大な子供手当てのおカネは絶対に、子供の保育などで苦労している人たちのために、保育園等の改善や創設などのインフラに使われるべきである。子供手当てで、家族旅行に行くとか、服を買うとか、そんなくだらないことに使われるべきお金ではないのは、一目瞭然である。

年金だって、どうなっているんだろう。自民党時代にあれだけ問題になったにも拘わらず、今は年金機構に関するニュースもぐっと減り、当時不明となった年金データの話題もどこかに霧散したような感じである。

事業仕分けもそうだ。予算の仕組みなどが分かるという長所はあったものの、出された結論に対する実行権限がないということが明白となり、さらには、民主党議員が大臣や政務官やっているものだから、仕分け人との相克の図式が浮かび上がり、自己矛盾を起こし、その自己矛盾に対しまったくお手上げ状態である。

まだまだ、外交や、治安等々に関する問題や課題など僕も言いたいことは沢山あるが、キリがない(笑)。

僕は決して特定の政党を応援している訳ではない。自民党が創り上げてきたとんでもない癒着政治にも嫌気がさしている。

しかし、民主党政権になって、自民党の時代よりも大きな不安を覚えてしまうのは決して僕だけではないだろう。民主党の中でも、地道にしっかり国民のために働いている政治家も知っているけれど、やっぱり、リーダたる人間が命を賭けてやっていないから、みんな小粒に見える。プロの政治家が多いわ、とにかく。

こんな時代だからこそ、僕らは僕ら自身で、自分達の身を守っていくという強い信念が必要なのだろうと思う。
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by backtomysoul | 2010-12-14 12:39 | 社会

☆Dialogue☆

この時期になると、終戦記念日ということもあって、NHKが
第二次世界大戦のdocumentary番組を放送します。

昨晩はシベリア抑留の番組を放映していました。

シベリア抑留の歴史的な流れ、それから、収容所における
現実を赤裸々に纏めてあり、さらに、90歳前後の抑留者の
方々の映像コメントもあり、とても強烈な番組でした。

戦地におられた民間人を含む人たちの想像を絶する体験
を、番組を通して、疑似体験するのですが、とても胸をしめ
つけられる想いでした。

かつて、僕が読んだ本に、エリック・フロムという心理学者が
書いた「Escape from Freedom」(邦訳:自由からの逃走)
という本がありました。

第二次世界大戦前に、民衆がデカダンスに近い雰囲気の中
で自由を謳歌している時に、ヒトラーが出現したのですが、
民衆は自由に飽き、自由に対する危機感を持ち、自己喪失
を起こし、ヒトラーのファシズム体制を支持した訳です。

フロムは、確かユダヤ系ドイツ人でしたけれど、自由から逃走
した民衆の心理を、この本の中で分析し、民主主義に対する
提言を行いました。

話は戻りますが、僕の親父は明治39年生まれで、満州に行っ
てました。余り戦争のことは話したがらなかったのですが、僕
が高校生の時に、親父が友人と話す戦争体験を傍で聞いたこ
とを思い出します。

戦死した部下の人たちの遺品を整理して、親元に送る作業も行
っていたようですが、その時のつらい気持ちを話していたように
記憶しています。

戦争中、親戚の人たちが、満州に行く前に下関で駐留している
親父を訪問し、「これが最期の別れになるかもしれない」と、涙
ながらに別れを惜しみ、兄貴が小さい頃の写真の裏に遺言とも
つかない言葉を書きしるしたことも聞きました。

そんなことを思い出しながら、終戦記念番組を見ていると、僕ら
はなんて幸福な生活をしているのだろうと感じる訳です。

公安はあっても、憲兵はいない。警察はあっても、特高はない。

五木寛之は著作の中で、彼は、「車に喩えて言うなら、経済活動
はアクセル、政治はハンドル、宗教・哲学的思惟はブレーキであ
る」と書いてました。

因みに、五木寛之も、終戦を、今の北朝鮮のピョンヤンで迎え、
その頃の強烈な実体験が彼の文学作品の核になっており、今で
も彼はそのトラウマと闘っているように思えます。

戦争という凄まじく異常な体験を僕らはすることはできませんが、
終戦記念日に放映される番組を見て、今我々が謳歌している自由
を内省し、考察することを、1年に1回するのは大事なことだと思い
ます。

僕はこの時期になると、幸せ、祈り、願い等々そんなことを歌詞に
ちりばめた自分のオリジナル作品の薄っぺらさというのでしょうか、
自分の作品に映される自分自身の浅薄さを痛感します。
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by backtomysoul | 2010-08-09 16:53 | 社会