暮らしの中で感じたもの、感じること、音楽のことなど色々と記録していきたいと思います。


by osamu
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カテゴリ:文学( 2 )

俳人であり、歌人でもある「正岡子規」が亡くなったのは、1902年9月19日。

明日が、子規の命日である。没後、今年で108年になる。
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最近では司馬遼太郎のロングセラー作品、「坂の上の雲」がNHKで放映され、
香川照之が子規の役をとても素晴しく演じている。今年の末にはこの番組の
後編が放映されるので、楽しみにしている。

子規は、俳句・短歌という世界で、今風に言うと、非常にinnovativeな風を吹き
込んだ明治時代を代表する文学者である。

21歳で喀血し、当時不治の病とされた肺結核となり、その結核菌が脊椎を冒し、
脊椎カリエスを発症し、以後床に伏し、36歳で亡くなるまで、作品を残した。

細かいことは、インターネットで調べれば分かるので、ここでは割愛。

ところで、

昨晩、NHKのテレビ番組、「視点・論点」を観ていたら、俳人の長谷川櫂さんが
出演し、子規の作品について説明をしていたので、つらつらと僕が日常感じてい
ること、考えていることを記する。

長谷川さんがその番組の中で、「平気で生きる」という子規の残した言葉に焦点
を当て、説明をしていた。

長谷川さんのお話では、子規は病床に伏した折、余りにも苦しく耐え切れず、自
殺未遂をしたそうである。

子規は、「恐くて死に切れなかった」ということを日記に記しているとのこと。

しかし、その後、子規は、

「悟りとは、死を恐れず平気で死ぬということは間違いで、どんな状態でも平気で
生きることである」、と亡くなる数日前に残したとのことである。

こういう話に接すると、人間はとても救われるような気持ちになる。

この僅か数行の言葉に昨晩僕は、大きく背中を押された。

どんな立派な言葉よりも、人生読本よりも、この言葉に現実感があり、「優しさ」と
「厳しさ」を同時に感じる。

僕は、子規や山頭火の俳句や短歌を目にしながら感じるのは、如実に、偽善的に
人を励ますような言葉と空気感がないからだ。

世の中を変えようとか、革新的なことをしようとか、そんな、人工的且つ意図的な姿
がそこにないからである。自然な姿で彼らの作品が存在するから、とても感動する
のである。

自分の暮らしや生活の中にあるもの、経験していることを、淡々と詠み、時に達観し、
時に喘ぎ、時に内省しながら、彼らは僕等に人生の光と影を投げかけてくれるので
ある。

心に響く言葉とは、理屈ではなく、直感的に示してくれる言葉である。

「悟りとは平気で生きること」。

数日でこの世からいなくなるこの言葉を残した子規の心境は、100年以上経過した
時間など関係なく、その計り知れない彼の心の在り方に、ほとほと感動するという言
葉でしか、表現しようがないのである。

この世を生きていると、色んなことがある。

その苦しさの中で、音楽で救われたり、本で救われたり、他人に救われたりするなど
色々あるが、「救済」と「逃避」は、紙一重なのだと感じる。

暮らすという僕らの日常の中で大切なのは、自分を自分で救済するしかないのである。

どんなに素晴しい音楽を聴いても、作品を読んでも、絵画を観ても、それはあくまでも、

「生活・暮らしの中で、
   背中を押してくれる存在ぐらいが、
                     丁度快適なのだ」。

それ以上のことを望めば、日常の生活・暮らしが乱れ、自分を見失い、自分の傍にある
一番大切な家族や環境を失うことになるかもしれない。

「平気で生きる」ということは、つまらないと思っている日常の生活や暮らしが、実はとて
も大切であることを認識することであり、その中で、冷静に自分の命を育むことであると、
強く思う。
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by backtomysoul | 2010-09-18 14:55 | 文学

僕は高校生の頃、五木寛之の作品はほとんど読んだ。「青春の門」は
勿論だが、彼の書いた短編作品などむさぼり読んだ。

当時講談社から、彼の黒色の装丁の全集が出ており、母親にねだって、
全巻買ってもらい、すべて読んだ。

五木寛之は1932年生まれだから、高校時代に読んだ彼の作品は、40
歳頃の五木寛之の作品である。

それから30年余り、彼の作品を読むことなく過ごしてきたが、なんとなく
本屋で「大河の一滴」なる本を目にしたので、読んではみたものの、それ
ほど感銘を受けなかった。

受けないどころか、40歳代の僕は彼の作品に対して、とても受身に感じ
たし、弱々しく感じ、また、暫く、彼の作品を読むのをやめた。

それから数年して、「気の発見」、「霊の発見」、「神の発見」などタイトル
からして、オカルトチックで面白そうだったので読み始め、そして、彼が段
々と浄土真宗に傾倒していき、法然、親鸞、蓮如などの記述を頻繁に行う
ようになってから、今度は深く読み始めた。

そして今は、いつのまにか、部屋には五木寛之の晩年の本でいっぱいに
なってしまった。

彼のエッセイには何度も何度も同じような話が出てくるが、何度も同じよう
な話を読んだりしていると、段々と彼の考えていることが理解でき、僕はい
つもそれを新鮮に受け止めながら読んでいる。

かつて僕は、彼のエッセイを読みながら、前述したように受身というか、マイ
ナス思考で出発している考え方に違和感を覚えたものだが、ようやく今頃に
なって彼が発想することが段々と分かってきた。

五木寛之の心の底辺には、戦争体験、それも、ピョンヤンで過ごした体験や、
家族との哀しい絆など、そんなものがずっと暗く潜んでいる。

僕にはそんな実体験はないが、それでも彼が、これほどまでも強く宗教観を
持ち、国内国外を問わず宗教的な場所を巡礼したのか、理解できるような気
がする。

それから、年老いていく五木寛之に僕が強く関心を持った大きな理由は、彼
が想像力逞しい現実主義者だからである。

老いて行く人間、非情な人間社会、それから、乾ききった世情など、これらに
彼が目を背けずに、僕らに生きるヒントを与えてくれていることである。

「生老病死」は釈迦が言うところの、生きることは苦であるという言葉であるが、
彼の作品を読みながら、この釈迦の言葉に対する彼のユニークな発想により
、自分の人生の在り方を考えさせてもらっている。

僕が結構好きな彼のphraseは、「車に喩えるなら、政治はハンドル、ビジネ
スはアクセル、宗教的思惟はブレーキである」というものである。

これは彼が、この現代に対する警鐘というか、アンチテーゼ的に述べた言葉
であるが、この意味はとても深い。

宗教は世の中の役に立たないから価値がある、と言い切る彼の言葉はとても
面白い。

それから、彼が言うところの、「宗教で病気が治ったとか、運が向いてきたとか、
金持ちになったとか言うようなそんな宗教は信用しない。今背中に背負っている
荷物が軽くなるということはない。宗教心を持つことで、その荷物を背負ったまま、
もう少し頑張ろうという気持ちになるのが宗教の真髄である」みたいなことをどこ
かで書いていたけれど、僕も本当にそう思う。

目に見えるものだけで生きている僕等に、目に見えないものの存在に対する
畏敬の念というか、彼曰く、something greatに対する感性みたいなもの
を今僕らは必要としていることを、彼は説くのである。

話は逸脱するけれど、この話を、2ヶ月前に園山光博さんに話したら、彼がま
た素晴しい言葉を発した。

「音楽はヘッドライトかもね」

僕が感じていることのほんの一部を少し書いてみたけれど、なんとなく支離滅
裂だ(笑)。

まぁ、とにかく、

五木寛之も今年で79歳。凄いエネルギーである。
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by backtomysoul | 2010-08-23 18:37 | 文学