暮らしの中で感じたもの、感じること、音楽のことなど色々と記録していきたいと思います。


by osamu
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田舎の言葉で、

話すというのは、なんとも気分がリラックスする。

最近某所で、みんなでワイワイガヤガヤ話していた折、その中のひとりが山口市出身だと言うことが分かって、驚いてしまい、分かった瞬間、お互いの言葉が山口弁に変わってしまい、東京のその場所が山口になってしまった、ハハハハ。

周りの人たちも、突然の田舎訛りの言葉が行きかうものだから、驚いていたようであるが、もう止まらないから、仕方ない。

その後、メールもやりとりしているのだが、その文面も山口弁となってしまい、これがなんとも愉快なのである。

話し言葉を山口弁にする訳だから、最初はちょっと文字変換にとまどったものの、慣れてしまえば簡単なものである。

言葉というのは不思議だなと思う。

東京で仕事しているから、東京の言葉で喋っているが、やはり、頭のどこかで田舎の言葉を翻訳して喋っている訳だから、脳になんらかのストレスを与えているのだろう。

英語を喋る時は、これは完全に翻訳だから、かなりのストレスだったんだろうと思う。

アメリカに留学する前から英語はある程度できていると思っていたものの、留学当初は、大学の授業内容が聞き取れず、学生仲間との英語のコミュニケーションもなんだかぎこちなかった。

しかし、言葉とは不思議なもので、ある日突然、ぺらぺらと喋り始めたり、聞き取れたりしたので、自分でもとても驚いた記憶がある。

生活環境などに慣れてきて、リラックスした頃からそういう変化が起きたので、多分、翻訳するストレスから少しは解放されたのだろうと思う。

しかし、僕が喋る英語や東京の言葉は、所詮、「借り物」で、簡単に言えば、「翻訳」なのである。

東京にも同郷の友がおり、彼らと喋る時は、山口弁となり、頭の中がどんどんシンプルになって行き、同時に感性も変わり、使う単語や表現も平行して変わっていくのである。

難しいことが簡単に言えたり、感覚的なことが平易に表現できたりして、悩んでいることやものが、とても単純化するのである。

自分が子供の頃から使っている言葉は、やはり、自己解放するキーであることは、間違いないと益々確信する次第である。
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by backtomysoul | 2011-09-22 22:24 | 生活